眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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ギャルと毒ガスの日々

タバコを断って、数年が経った。

ふと、自分は生涯で何本吸ったのだろうと考える。

 

最初に吸った年齢は伏せるとして、暦でいえば15年程。少ないときでも1日1箱は吸っていたから、20本×365日×15年でざっと109,500本(!)ということになる。

あらためて振り返ると途方もない数字だ。あのイチローが「物事は続けられることこそが才能」と言うくらいだから、きっと僕にはタバコの才能があったのだろう。

 

禁煙にはかなりの苦痛を伴った。

どちらかといえば食欲よりも性欲の抑制に近い。大好きな人から四六時中キスをせがまれて、なお嫌わなければいけないような。一度口をつけたら終わり、僕はまんまとニコティーヌ女伯爵の毒牙にかかってしまうのだ。

そして、街中ではみんな平気でキスをしている。

 

つい出来心でタバコを吸ってしまう夢を見て、全身汗だくで飛び起きることもあったくらい。僕にとって、20代のすべてを共に過ごしたタバコは、それなりに思い入れのあるアイテムといえる。

 

なのに、最後の1本をどこで吸ったのかはまったく覚えていない。もっといえば、109,400本以上はほとんど印象にない。情景、味、くわえた感触。すべてをはっきりと思い出せるのはほんの数本だ。

そんな中一番に思い出深いのは、やっぱり最初の1本。

 

 

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僕がタバコを吸い始めたのはカナという女の子がきっかけだった。

自動車教習所の仮免教習中の後部座席、というトリッキーな場所で出会い、クセの強い教習指導員の悪口を言い合って仲良くなった。

 

彼女は当時全盛期だった浜崎あゆみのような服装をしていて、寝起きの浜崎あゆみみたいな顔をしていた。まごうことなきギャルである。向こうのほうが1つ年上ということもあって、初対面から信じられないくらいフランクだった。

「本名はカナコだけど、あんまり好きじゃないからカナって呼んでね」
会って早々、そんなお願いをされた。

世の中には許されないワガママと許されるワガママがあって、ギャルのワガママはたいてい後者。彼女らにとって、他人の心の扉なんて渋谷駅の改札くらいのものなのかもしれない。

 

カナは多摩育ちの庶民派ギャルだった。高校を卒業してすぐ地元のスーパーに就職。近所の安売り情報はだいたい頭に入っているし、常にソフトさきイカを常駐していた。ラメラメのバッグから海産物の干物が出てくるのはなかなか趣がある。

 

教習の休憩時間になると、カナはだいたい喫煙所でくっちゃべっていた。おじいちゃんも、百貫デブも、老若男女分け隔てなく笑い合う。白い煙の中でたたずむその姿は、まるでライブ中の浜崎あゆみのようだった。

僕は当時まだタバコを吸っていなかったけれど、喫煙所に彼女の姿を見かけると立ち寄って、話をするようになった。自然と教習の日程を合わせるようになり、一緒にご飯を食べにいく仲になる。

 

その何度目か、教習所の合間に行った定食屋がいっぱいで路肩に座って待っていた時、

「私だけじゃ気まずいから、キミも吸いなよ」とカナが言った。

まもなく、自分が一口吸ったタバコを僕に差し出す。細くも軽くもなく、メンソールでもなく、しっかりとしたマイルドセブンだった。


男子校出身の僕は一瞬、

「か、間接…!!!」

と怯んだものの、平静を装って吸ってみることにした。親戚中が喫煙者だったせいか漫画みたいにゴホゴホむせることはなかったし、もちろんイカの味もしなかった。やっぱり僕にはタバコの才能があったのだろう。

今考えるととんでもない話だ。お前は今後数百万を使うことになるし、健康も損なうし、ことあるごとに灰皿を探すスモクエウォークを強いられるが良いか?という悪魔の誘い。まあ、そんなことを考えないのが若さというものなんだろうけど。

 

梅雨明け、濡れたアスファルトから空を見上げる。

人生のどうでもいいスキマみたいな時間が心地よく、
「ああ、僕はこれからタバコを吸っていくんだろうな」
という不思議な予感があった。

 

 


と、記念すべき1本目のタバコはこんな景色。
気がつけばもう20年くらい経っていて、自分も世の中もだいぶ変わったものだ。僕は他人に流されることを恐れなかったし、世の中は今ほど全身全霊でタバコを毒ガス認定していなかった。

 

別にタバコを礼賛しようとは思わない。せっかく禁煙できたんだし、もう2度と吸うこともないと思う。

それでも、吸っていてよかったなと思うことは結構ある。
僕は好き嫌いが多い人間だから、放っておくと自分の心地いいコミュニティだけを選んで生きてしまう。その点、タバコに吸っているときはクセのある人に出会う機会が多かった。

キャバ嬢、ボクサーの卵、雀荘に住み込んでるおっさん。オーストラリアの荒野で、森から出てきたアボリジニ に「×¥●♪&%#」(1本くれよ(たぶん))と手を差し出されたこともある。煙の中でなら、いけすかないベンチャー社長ともなぜか気軽に話せてしまうから不思議だ。まるで、タバコという非合理を好むことが遊び心の証であり、共通のライセンスを持ちあったような。

だから禁煙した今も、僕は反目にまわって喫煙者を叩くようなことはしない。たとえ刑務所でも同じ釜の飯を食った仲間に変わりはないのだから。

 

こんなことは運良く健康でいられたから言えるんだろう。ただ、どんなことでも悪いことばかりじゃないってだけ。



カナとは踏み込んだ関係にはならなかった。僕も若かったし、身近な女性にはロッテの角中くらいストライクゾーンを広げて対応していたのに、彼女に対してはあらたまって口説くことができなかったのだ。彼女が教習所喫煙所界のちょっとした看板娘で、みんなのものに見えたからだろうか。

だから、「免許とったら海に行こう」とだけ約束をした。

単にデートの約束というだけでなく同志としての目標になるし、記念になる。もしかしたら水着姿だって見られるかも。我ながらいい様子見のラインだ。

 

ただ結局のところ、それも叶わなかった。一緒に行った府中試験場の最終筆記試験で、カナだけが不合格だったからだ。僕は合格ぎりぎりの90点で、彼女は89点。たった1点の差で免許を取るタイミングがずれて、なんとなくの約束は、なんとなくどこかへ漂流した。
帰り道は妙に気まずくて、それ以来僕たちの連絡は途絶えてしまった。

 

試験室の電光掲示板に点数が発表された瞬間、僕の目の前に座っていた彼女の肩がガクーンと落ちるさまがよく分かった。

夏の日、よく焼けた肌、派手なピンクのキャミソール。

あんなに小さなギャルの背中は、あれから2度と見ていない。