眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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2度目の気胸と禁煙DAYS


〇プロローグ

マジックアワーは、ニートの脳にこびりついた煩悩すら炙る甘い炎。ぼくは起こすのも億劫な体を風呂場から玄関へ運び、現実逃避するみたいに外へ出た。

 

行く先はいつもの本屋。
1階から2階にかけて小さなエスカレーターが架かっていて、誰もが使っているのに、まるでおまけみたいに見える。通路は走れるくらい広く、空間の隅まで紙のにおいが染みついている。それは、本に興味がなかった子供のころからお気に入りだった。保守的な気風漂う地元の街の中でも、とりわけ何も変わらない場所。今やその事実が、大人になり切れなかった自分への嫌味に見えた。

 

2階より上にはエスカレーターがないので、行きたい時には階段を使う。エレベーターはもあるのだけれど、1機しかなく、ひどく遅い。なにより狭すぎて不安になる。よっぽど足腰が弱らない限りは使うことがないだろう。
階段の踊り場には掲示板があって、煤けたガラスの向こうでは、10年前のアイドルが安全運転を訴えていた。やっぱり、本屋では時間の進みが外界と違うのかもしれない。

 

僕は資格の本を探していた。なんの資格を取れば良いのか、自分に資格を取る資格があるのかは分からなかったけれど、仕事をもたない不安を消し去る数少ない手段だったからだ。働くことに恐怖感を抱く者にとって、「とりあえず働く」という行為はもっとも遠い場所にある。童貞が風俗を嫌い、聖女を求めるように、僕はやさしさに飢えていたのだ。本当はなんでも良かった。僕を、無理に急かさないものであればなんでも。

結局、手に取ったのは行政書士の本だった。辞書よりも分厚く、値段はそれなりに安い。これなら、家族に数ヵ月は努力するさまを見せられるだろう。

 

ところが、僕はそんなわずかな金すら持ち合わせていなかった。せっかく登った階段をトン、トン、トンとリズミカルに駆け下り、パチンコ屋にはさまれたATMで数千円を下す。父からもらったお金はとうに尽き、残高はマイナスになってしまった。ふと、生乾きの髪をくしゃくしゃと掻きむしって罪悪感を散らす。外には、弱者をかくまうような小雨が降りはじめていた。

 

書店に戻ろうと振り返る。
左胸にチクッと痛みが走ったのはその時だった。まもなく、大きな手に握りつぶされるような圧迫感が全身を襲った。確かに覚えのある感覚、久しぶりだ。右胸と左胸の違いこそあれ、アレに間違いないだろう。

僕は事態を瞬時に判断し、進路を書店からロータリーに変更した。100メートルほどをゾンビのようにのろのろと蛇行して進み、傘の群れをよけながら、タクシー待ちの列に辿り着いた。座りが悪くなるのが嫌なので、あらかじめ尻ポケットの煙草をリュックサックに放り込む。

すっと息を吸う。
タクシーに身を投げ入れて、罪を認めるような弱弱しさで申告する。

 

すみません、大きめの病院まで――。

 

 

◆◆◆

ということで以前の投稿(肺気胸、入院、医療ミス。)に引き続き2度目の気胸にかかったお話でございます。僕は絶賛ニート中で、1度目の発症から約10年が経ったころでした。煙草は懲りずに毎日1箱くらい吸っていたし、再発率を考えればよく持ってくれたなあと。
もちろんまた長引くのは嫌なので、前とは違う病院にしましたよ。

 

 

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2回目ようこそ~💕

 

〇診察

結構時間が経っていましたが、肺気胸の治療方法は特に進歩していませんでした。
もはや、医者の声にも食い気味で返せます。

医「肺気胸です」
私「そうですか(でしょうね)」
医「肺気胸というのは、空気が」
私「漏れ出るから他の臓器を圧迫して痛いんですよね」
医「はい。解決するにはチュー」
私「ブを体に差し込んで謎の装置につなげて水の中に泡を排出するんですよね」
医「にゅうい」
私「必要なのは身体拭く用のバスタオルと下着と歯ブラシでいいですか。あっ、面会時間は何時まで」

分かってる感満載の患者で、さぞ鼻についたでしょう。だが、こちとらニート。いつなんどき院に入ったって構やしないんです。

 

〇入院

至って順調。泡もちゃんと最初からボコボコ出ています。
大人になった僕は、女性の看護士さんにも色気づくことなくすぐに打ち解けました。

看「じゃあ次は身長計です。肺と全然関係ないんだけど、規則なので」
私「わかりました。うわ、伸びてる!」(ボコ、ボコボコ)
看「えー!いいなあ。私149cmで止まっちゃったからそういうの羨ましくて。一回だけ調子良かったときに150cmいったんですけど」
私「はは、調子って何(笑)。小さくても全然いいじゃないですかー」(ボコボコボコ!ボーボボボボ、ボコボコボボーボコボコ)
看「そうかなあ。でも、なめられるんですよねー」

泡がうるさいから盛り上がってる風ですけど、これっぽちもパンチのない会話を繰り広げるだけの毎日でした。
前と違ってスマホがあるから、暇つぶしはだいぶ楽でしたね。

 

〇退院

あえて言うことじゃないけど、医療ミスなしで退院へ。
妻も1回お見舞いに来てくれました。騒ぐでもなく、いちゃつくでもなく。ただ粛々と、出版社の人が定期購読のを直接届けてくれたみたいな自然さで、『スラッガーメジャーリーグ専門誌)』と『ギターマガジン』の最新号を置いていってくれました。

 

 

〇帰宅 ~そして禁煙へ~

こうして、1週間くらい外出しただけでまたニートの日々に元通り。
退院翌日、昼すぎに起きて、テディベアみたいにぼーっと座って…真新しい胸の傷を撫でているとき、ふとお告げをもらったような気がしたんです。

「汝、煙草やめるならここしかないんじゃない?」

仏様だかキリスト様だかゼウス神だか知らないけど、何かしらお声がけいただきました。もしかしたらユニゾンかも。音に厚みあったし。

あとは、退院間際に担当医から掛けられた言葉も気になってました。
「あなた、また吸い続けると非喫煙者に比べて再発率が27倍ですよ」
と。
27って妙に怖いじゃないですか。元気100倍!と慣用表現的に言われるより、元気27倍増!と言われた方がそれっぽいし。嘘ついたら100万円やるわ!より、27万円のほうがまだもらえそうだし。

幸い退院してからまだ1本も煙草を吸ってなかったし、思い立った時も吸いたくはなかったので、本格的に禁煙を検討することにしました。禁煙って3日目くらいがピークですから、そこを入院で強制クリアできてるのは大きい。

ほか、

・世の中ではタバコが300円台→500円への値上げの噂があった
ニートだから飲み会で吸いたくなるみたいな誘惑もない
・金もない
・親の目も白い
・肺は黒い
・体力落ちてる
・これ以上身体に風穴を開けたくない

いろいろ条件が揃ってましたね。
これくらいしてやっと、中毒者脱出への一歩を踏み出すことになったのです。

 

ただ、1週間は地獄でした。
手がいつも煙草を置いてある場所を空振りしたり、我慢できず煙草を吸ってしまって重機に押しつぶされる夢をみたり。
なにしろ骨の髄までニコチンが染みわたっているので、ものすごく力強い欲求があります。食への渇望にも似てるし、パートナーを失った虚無感にも似てる。
そのふたつが両輪となって24時間心を軋ませました。

\うがああ、ああぁぁぁぁぁ‥‥/

肺の向こう側、胸の奥で叫ぶモンスターは日々弱りますが、完全にはなくなりません。弱くなりますが、僕は今でも、感覚的には”非喫煙者”ではなく”禁煙継続中”の身なのです。「濡れ衣みたいな文句を言われないようになった」というだけで、何かの資格を得たみたいにスキルアップしたとは思っていない。

あれと同じベクトルのストレス解消法は、いまだに見つかってません。
明日死ぬと言われたら絶対吸う。

〇最後に禁煙のコツ

上にも書きましたが、とにかく3日耐えるしかないですね。
独り暮らしなら3連休の前に食料を買い込み、手持ちのお金を0にして、ドアを鎖でがんじがらめにして、大好きなゲームに熱中するとか。寝てもいいから、まずは時間を進めさせること。

そこまでいけたら、「せっかく3日耐えたのにもったいない」という気持ちが生まれます。あとは欲求のゆるやかなカーブを耐えるばかり。誰かのためにやめる、というのは、子供ができた時以外はけっこう成功率が低いと個人的には思います。

ということで2回目の気胸と禁煙の話でした。
3回目の気胸は…今のところ予定ありません。さすが27倍。