眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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将棋”段持ち”までのデスロード

30歳手前という謎タイミングで将棋を始めてから、有段者へ。その道のりは楽しくも困難を極めました。よくも悪くも”良い塩梅”を覚えてしまった大人が本気で頭を使うとどうなるか。その道程を振り返ってみます。

 

 

始まりの日は突然に訪れた

将棋に目覚めたきっかけは2008年竜王戦(羽生ー渡辺戦)です。「どっちが勝っても史上初」と銘打った大決戦、そして紙一重が運命を分ける劇的な展開を偶然見るところとなり、一発ではまってしまいました。

その頃はまだ将棋の映像中継などありませんでしたが、息遣いが伝わるような白熱で。
「あ、これ自分でもやらなきゃ」と衝動に駆られた。子供のころルールだけ覚えたけど近所の不動産屋のおじさんにボコられてやめて以来、心の扉を開けたのです。


思い立った次の日に本屋にいって、『羽生善治の将棋入門』みたいな本を買いました。あと、たまたま隣にあった『杉本昌隆の振り飛車ナビゲーション』も。これによって僕は”振り飛車”と呼ばれる戦法とともに歩んでいくこととなります。

膨大な予備知識が求められるロジカルな”居飛車”と比べて、センス重視のカウンター戦法。着流しの侍が一瞬のスキをついてシュッと切り抜けるイメージです。

杉本昌隆の振り飛車ナビゲーション (NHK将棋シリーズ)

杉本昌隆の振り飛車ナビゲーション (NHK将棋シリーズ)

  • 作者:杉本 昌隆
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2009/01/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

ご存じの通り杉本さんは藤井聡太氏の師匠。そして、僕の師匠でもあるのです。

 

いざ出陣!死ぬほど負ける

デビュー戦の舞台は『将棋倶楽部24 』と選びました。
多くのプロ、プロ予備軍も名前を伏せて指すといわれる、最難関のオンライン対戦場。

いまはもっと多機能&エフェクトも派手な『将棋ウォーズ』のほうが盛り上がっているみたいですが、こちらも当時はまだなかったので。

当然、最初はまったく勝てませんでした。おそらく10連敗じゃきかなかったはず。
相手の人は「生まれてから一度もノートとか忘れたことないんじゃないか?」ってくらい用心深く、「もしかして本業は痴漢ですか?」というくらい、触られたくないポイントを的確に攻めてくるのです。自分以外の全員が天才に、自分の脳が虫けらサイズに思えました。

勝てなかったと簡単に書いてますが、1つの負けは半端じゃなく悔しいです。運の要素がゼロのゲームで「あなたのほうが弱い」と打ちのめされる残酷さ。この時ほど、自分が義務教育を修了した事実にすがったことはありません。
俺だって人並みの頭を持っているはずなんだ!と言い聞かせ、なんとか心折れる事態だけは避けました。

潮目を変えたのは、『羽生の法則』という本に出会ってからです。
これは歩とか桂馬とか、それぞれの駒の手筋(テクニック)をまとめたもの。あまり勉強したくないとはいえ、やっぱり基本は大事ということでしょう。大人しく勉強して、すべての駒の特性を覚えたころ…ついに念願の初勝利!

相手を詰ませた時は本当に快感でした。
オレ、やっちゃったよオイ!と静かに喜びを嚙み締めます。人生でこれに近い感覚があったのは、「童貞を捨てた」「営業で初めて受注をとった」の2回だけじゃないかな。

 

本読み、本に溺れる

最初は15級からスタートして、勝つごとに14級、13級…と進み、1級の次が初段。そこからは二段、三段…となっていく仕組み。僕は10級に上がったころから、本格的に初段を目指そうと決めました。
当時はバリバリのニートでしたし、ちょっとでも自信をつけたかった。

アマゾンで安い棋書を買いあさる。目に見えて勝率があがっていく。あらためて学びの素晴らしさに気づいた僕は、すっかり本の虫になりました。知識で上回っていれば相手をあっと言わせるだけではなく、「自分があっと言わされない」という心のゆとりができる。どちらかというと後者の効能が大きいかもしれません。

ところが、そんな理論武装にも落とし穴がありました。5級くらいでぱたりと勝てなくなってしまったのです。

 

みなさんにも、良い映画や音楽と出会い、物語に入り込んだように颯爽と街を歩いた経験はないでしょうか? 同じように、あまりに良いイメージだけが書かれた本を読むと、過信にも似た状態になるのです。

将棋界では「ココセ」というマニアックな用語があります(「ここに指せ」と自分に都合よく手を読むこと)。そして、そんな風にして書かれた本を”ココセ本”と言います。読んだら強くなった気はするのに、相手は本みたいに指してこないから理不尽な怒りが湧く。本を読んでも勝てない。自分はもう強くなれないと錯覚する。こんな負のスパイラルに気づいてからは、やみくもに本を読むのをやめました。

 

自分に合った戦法を磨く日々

知識偏重になっていた僕は、感覚を磨くことにしました。振り飛車の中にも「中飛車」「四間飛車」「向かい飛車」…といろいろあるんですが、中でも本当にやりやすい戦法ひとつに絞ることにしたのです。

選んだのは三間飛車。指すとひねくれもの認定されやすいトリッキーなやつです。

三間飛車の名手であり、「さばきのアーティスト」の異名をとる久保利明先生の実践譜をひたすら将棋盤に並べていく。

なぜそう指すのか。
なぜ違う手じゃダメなのか?
分かる部分は論理的に、分からない部分は感覚的に理解しようと努めます。そのプロセスは、どこかギターコードを分析するのに似ていました。

並行して、オンライン対戦も数を重ねていきます。
できるだけ沈着冷静に。でもたまにマウスを投げて。どちらにしても投げやりにだけはならないように、負けの痛みと勝ちの手ごたえを指にならしていきます。

 

4級、3級、2級、1級。
目で1000局、指で1000局ほど経験を積んだとき、ようやく長い階段に段の文字が見えてきました(ややこしくてすみません)。全部で2年ほどかかったし、とても順調とはいえませんでしたが…なんとか初段の称号を得ることができたのです。


あらためて、段になるには

初段到達後もしばらく指しましたが、僕の頭では二~三段(将棋倶楽部24で)が限界でした。センスもそうだし、それ以上行くと趣味を超えて苦痛になりそうな感覚があったのです。まあ、とにかく懐の深いゲームですね。

24の二~三段は一般換算すると「町道場四段~県大会常連」とのこと。さすがにそれは無理だと思いますが…。ちなみにプロの養成機関に入る小学生の子なんかは、↑の表でいきなり5段くらいあったりします。ガチでレベルが違う。

今後初段を目指す方へ、いたって普通の大人がコツを伝えるとしたら

👓3手1組の読み👓

を徹底することでしょうか。

こっちが指す⇨相手はこう指す⇨次はどうする?
このシンプルな読みの精度を上げること。下手に10手先を読もうとしても精度が落ちるので、まずは近い距離の解像度をあげることですね。実戦は制限時間があったりして、驚くほど良い手を見逃してしまうものですから。

何事も、背伸びし過ぎない心が大事。
大人になっても負けず嫌いを燃やしたい方。学びのすばらしさを知りたい方。ぜひ将棋を始めてみてみてください。

ただし熱を入れすぎて、将棋に魂を乗っ取られないよう気をつけて‥‥。

 

入社2日目で会社に飛び蹴り

入社2日目、朝。
研修先のコールセンターに到着したら、既にみんなバリバリ仕事していた。

慌ててフロアに入り、研修マネージャーに
「すみません時間を間違えましたか?」と聞いてみる。

すると、
「ああ言ってなかったですね。研修中は30分始業が早まりますので、明日から30分早く来てください。終業時間は変わりませんので。よろしくお願いしまーす」
と”通知”形式で言われる。

いや、そんなことある?

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裸眼と宗教のブルース

僕はほぼ無宗教です。厳密には仏教徒ということになりますが、各種の行事に、生活の制限や心から沸き立つような使命感があるわけじゃありません。

こういうのってわざわざ公表する機会もなかなかないし、だからこそブログらしいと思って書いてみることにしました。専門家の方は軽く流していただけると幸いです。

 

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僕は宗教を「眼鏡」に近いものと捉えています。そのままで見た世界が自分にとって近すぎたり、乱れすぎていたら、ルールを設けたほうが心地よく見ることができる。度や色彩矯正の強さは宗教によりさまざまですが、僕を含め一般的な日本人がつけているのはせいぜいブルーライトカット効果くらいのものでしょう。

 

そんな”時々ダテメガネ勢”の僕からすると、もっと度の強い眼鏡の効果は大きく2つあると思っていて。

・真実が多様化する
もしも目の前に人間の遺体があれば、生物学的には「死」「終わり」を意味します。でもレンズを通せば、「魂は来世に向けてさまよっている」と発想が広がる。

・選択を容易にする
1万冊ある本の中から好きなの選べって言われたら大変だけど、宗教上、10冊しか読めないとなったら楽。それが生活じゅうに及べば、おのずと帰属意識は強まります。

前者は「救いを与える」、後者は「迷いを取り去る」とかそういう風に言語化されることが多いですね。たしかに、うまく心になじめばとっても生きやすくなるでしょう。

 

でも、宗教上のルールはどこかの誰かが決めたもの。自らの視力や色彩をそうした外部パーツにゆだねるには、それ相当のリスクを覚悟する必要があります。

 

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2022年には日本国内でも宗教をめぐる凄惨なニュースがありました。今も昔も、世界中で人の生き死にをかけた宗教紛争は続いています。

人には、ちょっとした気晴らしやクスリでは受け止めきれないものがある。世界が見えなくて辛い時、ふと眼鏡をかけたら視界が開けた。専用ケースに入れて、毎日つけて暮らしていたら、愛着は募っていくのは当然のことでしょう。人がそれをイロメガネと呼んでも。時にそのケースを、メーカーが法外な金額で売りつけていたとしても。手放すのは容易ではないのでしょう。

 

また忘れてはいけないのが、信者が集団であるということです。味方が「人には慈悲をもって接しろ」という教義を無視して他教徒をぶん殴っていたりすると、もう訳が分からなくなります。「それアリなのか!」と勘違いする人、「ダメだよ!」と諭す人の間でも争いが起きる。そして、なぜかそのフラストレーションがすべて他教徒に向かったりする。

そうなればむちゃくちゃ。眼鏡が叩き割られて、外れたことにすら気がついていないとしても、エネルギーだけが走り続けていくのです。絵面を想像するとちょっと面白いですけど、もちろんリアルは笑い事ではありません。

 

宗教と暴力性が近いのは皮肉。そしてそれを許してしまうのは悲しすぎる。

紛争で下半身を失って、かろうじて命だけはとりとめた息子を見て、
「神様、ありがとうございます」
といえる気持ちはやっぱり分からない。
だってもともと、やらなければ。

 

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さらにさらに、信者がつねに純粋な存在とは限らない。特に芸術家界隈は、巨大な宗教に入信しておけばコンサートの集客が保証される、といった互助会目的の打算があったりもします。人が集う以上カネが動くということですね。

果たして現代の信者が集うことなしに信教を続けられるのか。
それ、ご神体じゃなくて隣の人に恋してない?っていう。

「人は独りでゴスペルを歌い続けられるのか」なんてテーマも興味深いところです。

 

あえて少し宗教からズレた比較対象を挙げると、憲法第9条をめぐる論争も興味深い。SNS等を見る限り、「あの条文の文言が1文字でも変わったら戦車が動き出す」くらいに強迫観念を抱き、金科玉条と崇める人はたくさんいます。

それが発案者すら定かではなく、翻訳されたものであっても。一部ではまるで神様が発した言葉のようにかたく信じられている。こう見ると、大元がなんであろうが人が信じればそれが真理、という逆説的なことを考えてしまいます。

 

…といろいろ考えても分からない。
分からないけど、僕はやっぱり宗教を否定しません。

僕だって今後入信しないとは限らない。もっともそのモチベーションは、「神様に会いたい!」ではないでしょうけど。

たとえば最愛の妻を失ったら、ちょっとした空き時間、言い換えれば「自由」がとても辛くなるはず。気力がなくなって、ただ決められた仕事だけをしたくなるかも。そんな時、新聞読んで→集会言って→読経して→写経して→みたいに行動パターンを決めてもらえたらとても安心感があるはずです。

まあ今は幸運にも妻がいるし、しばらくは裸眼で散歩してみようと思いますよ。
左0.2、右1.0なんて歪んだ人間ではありますけれどもね。

 

またつまらぬエロい夢を見てしまった

また、といいつつ半年に1度もないんですけど…。見てしまった時は強烈なインパクトが残るのがエロい夢。ほかの方の傾向も気になります。同性に「君も見る?」と聞いたこともないし、ましてや異性の事情は皆目見当がつかないわけですけれども。

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元肥満児の憂鬱 ~デブが痩せれば世界が拓ける~

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引き続きダイエットに励む毎日です。
久々に強度の強い運動で身体が悲鳴をあげていますが、あんまり失敗するイメージがありません。なぜなら、心の奥底に強烈なトラウマがあるからです。

というのも、僕は昔、肥満児でした。デブと言われたのは星の数(ついでにチビもその半数ほど)。幼少期にそうした無遠慮な悪口を浴びたことがあるかどうかで、人の痛みの理解度がだいぶ違うんじゃないかと思ってしまう。それくらい濃厚な原体験です。なにせ顔立ちとか性格はほぼ無視されて、自分の属性ほぼすべてを「デブ」の大枠でくくられて過ごすんですから。

今回は自分の半生を振り返りつつ、デブ前(B.D)デブ後(A.D)の変化を綴っていきます。

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出会い系きっかけで3か月同棲した話 3/3(サヨナラ編)

(出会い編)  (生活編)に続いて、いよいよ最後となります。

  
Zとは「恋人」という雰囲気ではなかったものの、お互いの友達を何人か紹介しあったりはした。なぜ地元も大学も文理も違う2人が急に知り合ったのか、アリバイを作るのは大変だったけれど。

人としては信頼し合っていたように思う。僕とZの共通点は嘘が苦手(たまにつこうとはする)というところにあり、だからこそすぐに同棲するなんて芸当ができたのだ。

それでも、別れは突然訪れる。

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