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電話苦手おじさん爆誕 ~囚われた僕のことば~

新しい会社での勤務1週目が終わりました。
初めてのリモートワークは身体がなまって仕方ありませんでしたが、会議中、勝手にダンベルを振り回すなどしてなんとか解消しました。
限られた時間でお昼を買いに行くと、近所のコンビニすらオフィス街に思えるから不思議です。

仕事について、結論をいえば大きな事故は起きなかったのですが、思わぬ弱点が発覚したのも事実でございます。

 

その弱点とは、電話。
僕の仕事はまず申し込んできてくれた人に架電し、ご希望のサービスをヒアリングするところから始まるのですが、そんなちゃんとしたのを今までやったことがないのです。

誤解のないように補足すると、電話恐怖症とかじゃありません。
腐っても元営業でしたので、商談も、テレアポもそれなりに経験があります。
”かしこまり電話”がダメなのです。

 

これまでの人生、いかに普段着感覚で、それなりの敬語に聞かせるかをカスタマイズしまくってきた私です。初めて出会う”トークスクリプト”という名のカンペ、ひいては小学校以来の音読に、舌と唇は到底ついてこれませんでした。

本来あるべき場所から削ぎ落してきた「いただく」「くださる」「ございます」の逆襲劇が始まったのです。

 

先輩とのロープレは難航を極めました。

例①「”思います”は自信なさげに聞こえるので使わないでください」
噂で聞いたことがあったのですが、やっぱりダメだそうです。僕が発したのは「1000円だと思います」のディフェンシヴじゃなくて、「ZOOMは5分前に入室してカメラ・マイクのテストをしながらお待ちいただくと、スムーズにお打ち合わせが進められるかと思います」のオフェンシヴ遣いなのに、それでもダメなんだって。

例②「”ちなみに”もやめてください」
これもダメ。なんとなくの置き言葉みたいなのはことごとく指摘されました。Youtubeで話し方を教えている元民放アナウンサーも使っているのに、ダメ。

こんな感じで、言葉が少しでも間違ったらストップ。なかなかスクリプト完走には至りません。自分で考えて出した言葉と違って、読み言葉はトチって言い直すと業務感がすごいですからね。
ちなみに、スクリプトの量は結婚式のスピーチくらいあります。

 

学習すべきは話し方だけじゃありません。
基本的に、いまの僕はサービスに関する質問をされたらイチコロです。

我が社にマニュアルはありませんから、適当に資料を漁って把握するしかないのですが……見るべき資料の量は膨大で、フォルダは無限回廊のように連なっています。一番それっぽいファイル(Excel)は激重で、知りたい単語を検索すると2000件ヒットして、1/3くらいの確率でフリーズ発生。創業以来継ぎ足してきた老舗の味に、僕は必死でかじりついていきます。

 

でも、なんだ。
わからん。
質問パターン大杉だし、知るべき情報小杉。


容赦なく続くロールプレイ。
「~の料金は?」「お答えできかねますので…」
「~ってできるんでしたっけ?」「お答えできかねますので…」
「~ちゃんと話聞いてる?」「お答えできかねますので…」
密室に謎の独り言が転げ落ちていきます。
青いカーテンから木漏れ陽がさす昼下がりの自宅。
そこには持ち味の柔軟さをすべて奪われ、座敷Siriと化した僕がいました。

 

なぜ自社サービスの今をまとめた資料がないのか。ふにゃふにゃ知識を、かちっとしたスクリプトにどうはめろというのか。
さすがに途方に暮れて先輩にいま一度コツを聞いたら、
「激重エクセルと社内チャットの全ログに目を通して、手書きまとめ付箋を部屋中に付箋を貼れ」
と言われました。

いやいやアメリサイコパス殺人犯の家でしょ、それ。
いまどき、こんな人力ChatGPTみたいなやり方があってよいのでしょうか。

 

こうして僕は順調に拗ねます。
ロープレ相手が悪いんじゃね、と。先輩はマニュアルが骨の髄まで染みわたっていて、話し方はもはや善でも悪でもない「無」に達しています。練習用に淡々とやってるとはいえ、こんな感情のない人間いないだろ、と文句の一つもいいたくなる。

「すみませんねー、資料をご用意し過ぎてパソコンが固まっちゃいまして」
みたいに、ピンチ時に人情味ふんわりごまかし作戦を使えるようなムードではなく。

それはまさに、自動車教習所の指導員を見た時以来の感情でした。

 

ロープレに要した時間は、実に丸3日。
最後の方は僕も意地になって細かい質問をぶつけたので、
「はあ……ネムヒコさんってきっちりきっちりしたい方なんですね。A型でしょ?」
とか言い出すありさまです。

はぁ!? お前がグチグチいうからふぁwぺおうお;あいfじゃlっふぇあい!
A型だけど!

そんな咆哮を噛み殺した頃にようやくテストに合格し、ついに実戦デビューを迎えることができました。ネムヒコさん緊張しいだからみんな優しくね、なんて気を遣われながら。

 

初めて外界に電話をかける瞬間。
ドキドキの1人目は、78歳のおじいちゃんでした。
先輩の見立てでは、「はい」「はぁ」「じゃそれでお願いします」と淡々とした答えが返ってくるはずですが、いかがでしょうか。

「おらあよう、昔っから相撲部屋に色紙を納品してる紙工場の職人なんだっけどよう。おたくの広告見て気に入ったもんだからさあ! なんつーの、これ最初は2週間だけ使ったりできるんだろ?」

これこれこれこれ!!!!
……人間最高。カン高くしゃがれたその声は、僕の心の大通りに散った枯葉をどこかへ巻き上げてくれたようでした。マニュアルにも、エクセルにも、「相撲部屋」なんて単語はヒットしない。でも、僕はそれが好きなのです。

「うわ、すごいっすね! 私も印刷会社にいたので紙のにおい大好きなんですよ!色紙は作ってるの見たことないんですけど、装飾紙の貼り合わせってどうやって——」

僕の唇はようやく潤いを取り戻しました。”解き放たれた僕のことば”が、ようやく主の待つ部屋へと戻ってきたのです。
それからというものハイペースで電話を続け、僕は完全にスクリプトを自分色に染めていきました。「思います」レベルの言葉の綾で躊躇して、適切な案内が滞る方が嫌だし。もうリモートだから気楽にやれば良いやって。

それは、自動車教習所を卒業した時以来の感覚でした。

 

ということで、今はもう適当にくっちゃべっております。
ちなみに、そう、ちなみに! 同期には20代の男の子がいて、コルセン経験豊富な子なので、そちらはだいぶちやほやされています。
(普通にかわいいので僕は僕で仲良くしてます)

一方、私はだいぶ不器用なおじさんと思われているかと思いますが、まあ、それはそれで。40歳で未経験の業務に取り組む難しさが分かりました。

引退したプロ野球選手、コロナで職を失った方……すべてのチャレンジャーに愛を。