眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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色白ラッパーな職場の後輩とのラストバトル

僕が初めて採用した後輩君は、色白で頼りなさそうな男の子だった。
書きものメインの部署だから、「うるさすぎてごめん」よりは「静かすぎてごめん」な人材が来やすいのは承知の上。それにしても、彼は頼りなさそうに見えた。

小さくて、細くて、髪がサラッサラのマッシュルームで、タレ目で、色白。”藤井フミヤ 若い頃”で検索して、その人物が5年引きこもっていた世界線を想像してほしい。

 

そんな後輩君の入社初日、終業前に1時間とった雑談タイムの衝撃は忘れられない。

前半30分はさぐりさぐり。純文学の話になって、いまでも小説を書いているなんて話を教えてくれた。

異変が起きたのは後半だ。他に好きなものは?と僕が聞くと、
「ボクシング……です」と彼は言った。
似合わないですよね、と付け足して。

僕は一気にうれしくなった。純文学的みたいなもんは気の利いたニュースも少ないし、個人の価値観に依るところが大きくて語り合いづらい。その点、ボクシングなら話題に事欠かないからだ。イノウエ、ムラタ、タケイにテンシン。竹原チャンネルに、細川バレンチャンネル。むしろ、話し相手ができて願ったり叶ったりだった。

 

ただその後、Too muchな出来事が起こる。
ボクシングカミングアウトと同じトーンで、
「部活は……バスケット部で……」
「いまでも…公園で筋トレ…したり……」
「音楽はヒップホップしか……聴いたことなくて……」
と、揃いも揃ってブラックカルチャーな嗜好が浮き彫りになったのだ。

途中、なに君、ブロンクス出身!?と素で聞きかけた。
実際は”郡”のつく大田舎で森と水に囲まれてすくすく育ったそう。どう考えても、ラップなら料理を包むあっちの方が得意そうだ。

和の国の豊穣につつまれ一切の暴力性をまとわずに暮らしてもこういう風になるのか、とある種社会実験の結果を眺めるみたいに感心したのを覚えている。

 

それから、ランチタイムはほぼ毎日一緒。
僕は意地悪心から、あえて「Dragon Ashってヒップホップなの?」とよくあるやつを投げてみた。
すると後輩君は、露骨にうんざりした表情になりながらも、「ヒップホップにはMC(ラップ)、DJ、ブレイクダンス、グラフィティの4要素がありまして……」と懇切丁寧に解説してくれた。結局yesかnoかはさっぱり分からないんだけど、彼の中では明確な答えがあるのは伝わった。

きっと毎回ヒラメとカレイの違いを聞かれる魚屋も、こういう気分なのだろう。はっきり違う点、素人が混乱するのも無理はない点の両面が理解できるからこそ、たぶん説明が鬼ダルいのだ。

 

僕らの会話は日に日にdopeになった。

身体ほそほそK-1ファイター、芦澤竜誠のラップスキルについて。総合格闘家・萩原京平の入場曲、Dr.ドレ―の『The Next Episode』の高揚感。北海道のヒップホップグループ『THA BLUE HERB』に心酔した青春時代の話。盛り上がれば盛り上がるほど、その会話は新宿の定食屋に似つかわしくなくなり、副作用としてオフィスに戻るのが嫌になる。
一方、どう議論が白熱しても後輩君の声はか細く、すれ違いざまにラップバトルが始まったらどうすんだよここ新宿だぞ……?と要らぬ心配する僕もいた。

と、さんざん彼の弱弱しさをいじる僕だが、周りから見た僕らのカタチはよく似ていたようだ。声は張らないけど頑固で、興味がないものには嫌な顔を隠せず、なによりいきを大事にする。

 

僕は、たまに垣間見せる彼の闘争心が好きだった。
「……ふざけんなって感じですよね……」
信じられないくらい小声で、ションベン横丁にリリックを吐き捨てるのだ。

ちなみに見た目もそこまで遠くないようで、打ち解けた取引先とのオンラインMTGでは
「今日はどちらがネムヒコ様?」
「ひとまわり大きい方です」
みたいなやりとりが恒例になったくらいだ。

僕は、一番弟子である彼につきっきりで仕事のノウハウを伝授した。クローンまではいかないが、残像と言えるくらいには育ったんじゃないかと思う。できれば、リーダーとしてはもっと我の強さが欲しかったのだけれど。

 

そんな僕らの別れは、僕の突然の退職とともにやってきた。
そして出社最終日に、僕は初めて彼の闘争心をあおることになった。

前にも投稿したのだけれど、僕は社長命令で降ってくる大量の業務をうまくさばけず、自部署のサポートがおろそかになっていた、らしい。そんな僕を見て、社長からは「お前が上だとやりづらいって部下がみんな言ってるぞ」と追い打ちの通告をされた。

みんな言ってる。
この小学生たいな卑怯な言いぐさは社長の常とう手段であり、たとえ1人しか言ってないときもそう言った。それは僕や後輩が社長を嫌う主因のひとつだったのだけれど、もし”みんな”の中に例の後輩君も含まれるのであれば、辞める前に真相は聞いておきたかった。だって僕は彼と信頼関係を築けていると思っていたし、サポートは足りてるか?と日ごろから確かめていたのだから。

 

最後の日、僕は彼の隣に座り、彼の椅子をこちらへ向けさせて話を始めた。
Yo、Bro. 話をしようじゃないか。

「ずっとやりづらいって思ってたの?」
残念ながら後輩君の表情は、「えっ何ですか?」ではなく、「ついに伝わってしまいましたか」だった。

彼は神妙な顔つきで答える。
「誰にも言えなかったんです……大変だって。ネムヒコさんが会社をよくするために自分の仕事をしてるのは知ってたし……僕が要領悪く見えたので周りの方は僕を心配してくれて……それが変な形で広がったというか……」
たぶん、誰かから僕の悪口を毎日聞いていたんだろう。その張本人とランチに行くのは、彼にとってかなりのストレスになっていたに違いない。
「でも……誰かが言うように、僕がネムヒコさんを嫌い、なんてことはないんです……」

 

そこまで聞いて、僕は彼の言葉を遮るように言い返した。
「いや、そんなの表現ひとつだし、仕事がやりづらい=”嫌い”でも別に良いんだよ。もちろん、自分の仕事が大変だって言いづらい気持ちも分かる。でも、」
後輩君が何かを言いたそうにして、飲み込む。

僕はかまわずに続けた。
「相手が嫌われてるのを知らないまま辞めさせるなんて、残酷な関係の終わらせ方はダメだよ」

僕が一番、というか唯一伝えたいことはそれだった。正直、ニュアンスがすっと伝わるかは不安だったが、察しのいい後輩君はきれいに受け取ってくれたようだった。
「熱い戦いを好むキミなら、すっきり決着をつけなくちゃ」
付け足しでそういうと、後輩君は両手を膝に置き、上目遣いで言葉を紡いだ。
「はい、そうします。ラップと格闘技を愛するものとして、やっぱりあやふやに終わるのはダメですよね。今日ネムヒコさんが退職することで、僕がこの会社にいる理由は消えました。まもなく僕もこの会社を去ります」

それはいままでにないくらい、はっきりとした口調だった。

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結局、強いのか弱いのかがよくわからない子だった。
最後の台詞は妙にグッと来たのだけれど、彼はいまだに会社にいるという噂もある。けれど、僕の言いたかった一端は伝わっていると信じたい。僕らがランチタイムに重ねた言葉の応酬ラップバトルに、嘘はなかったと思うから。

 

去り際に渡されたのは、UFCオープンフィンガーグローブ
これを職場のお別れのしるしに渡された人っているんだろうか。いつか、とっても八つ当たりしたい日にでも使うつもりだ。