眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

眠眠カフェイン

生涯唯一のモテ期で生まれ変わったサルの話 ー後ー

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(前編)

Bとの思い出は語りきれないくらいある。
強がって、慰めて、まるでジェットコースターのような日々だった。

結果、2年ほどして彼女は夢を見つけ、別れを切り出してきたのだけれど、僕としては悲しみより肩の荷が下りたような気分だった。1人で歩けるんだな、というか。

 

こうしてあっけなくモテ期は終わり。
ひさびさにパートナーがいない状態になったとき、ふと何もない自分に気づく。人を受け止めようとしすぎたせいで、僕は空っぽになっていたのだろうか。

大学四年生になのに何も考えていない。不安と言えば不安だけど、特にやりたいこともないし。きわめて質量の軽い、生暖かい虚無感があった。

 

そんなときに出会ったのが同じ大学に通っていたDだ。

彼女は同じ大学の3年生。僕は4年生だけど浪人しているから歳は2つ違う。同じ授業を取っていて、自由席なのになぜか毎回隣同士だったので話すようになった。

 彼女はかなりの確率でリクルートスーツを着ていた。僕がまだだというのに、そんなに急いでどうするんだとは思ったが‥‥なんとしても人生を失敗してはなるかと焦燥感を漂わせる彼女を前に、軽々しくいじることはできなかった。

Dは出来すぎなくらい見栄えの良い人で、小顔でスタイルが良く、二重幅の大きい垂れ目は万人を惹きつける華があった。反面、うわべだけを褒められることに慣れているせいか、極端に人への執着を嫌う性質ももっていた。

 

Dとは一度だけ帰り道が一緒になり、たった一度のデートで仲を深めた。
僕と一緒にいた理由は”顔が好きだから”。あまりにストレートすぎて、日本では変人扱いされそうな理由に少し引いた。後にも先にもそんなことを言われたのはこの一度だけだ。

彼女はテキパキと、まるで型が決まったように行動していく。
友達に紹介をして、バイト先に招待し、僕の実家に来て、旅行の行き先を決め、衝動的にセックスを重ね、

1ヶ月足らずで別れを告げてきた。

まるですべての項目にチェックを入れ終わったとでも言うように。
ご丁寧に「良い思い出、ずっと忘れないでほしい」とまで言い添えて、華麗に去っていったのだった。


大学の残った授業は僕がボイコットすることにした。
あんなのとメンタル勝負を挑んで、勝ち目があるはずがないから。

 

そんな嵐みたいな女ならすぐに忘れられる、と思うかもしれない。もしかしたら、そんな経験を1度はしている方が普通なのかも。でも僕は初めて味わうほどの屈辱感に苛まれた。ちゃんと見てもらえないことに、慣れていなかったのだ。

Dは社会への不安からそこにある人間をパッと捕まえた。僕だってうすうす気づいてはいたが、与えられることに慣れきったせいで、きっと代わりの女神を求めていたのだろう。
彼女こそが最後のパーツ「怒」の女神。いや、邪神だったか。

八つ当たりかつ迷信的で悪いけど、おかげさまで僕は今でもB型の女性があまり得意ではない。

 

 

こうして僕は、大学生活の最後に強烈なしっぺ返しを喰らうこととなった。その後は前に書いた通り好きでもない仕事に就き、社会生活の中で失速していくことになる。

ふいに訪れたモテ期から数年、彼女はできなかった。学生の頃はつかみどころのない性格を妙に評価する人もいたが、社会はそんな仮面を簡単に引っぺがす。何を考えているかわからない三流営業マンに、誰も魅力など感じないだろう。

心と体がボロボロだったころ、夜になるとたくさん文字を書いた。僕はどんな人間で本当は何が好きだったのか?バンドで曲を作っていた時代に立ち返り、ギターを弾き、詩を書き続けた。

わかった気になったサルの心は破壊され、2度目の物心が芽生えていく。
社会からドロップアウトする寸前、僕はその言葉を本の形にまとめた。

 

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本ができて1ヶ月。
僕は大学時代の友達であるサノ君に1冊を渡した。本や音楽が好きで、どんな表現もフラットに受け止めてくれる人だ。彼は浪人に浪人を重ねて、夜の街で音楽をかけていた。同じキャンパスにいた頃は「小汚い格好やめればいいのに」と思っていたけど、その時は好き勝手に生きる彼を羨ましく感じた。

サノ君はペラペラと本をめくりながら、思いがけないことを口にした。
「そういえば、今度オレのイベントにAちゃんがくるよ。渡したら喜ぶんじゃない?

 

A。
僕は5、6年ぶりに聞くその名前に戸惑った。いったいどのツラ下げて会えばいいのだろう?だって彼女は何も悪くないのに、あんなことをしてしまったわけだから。
彼女にとっては、僕がDに見えたっておかしくないのだ。

「でもいま彼氏いるらしいで」
サノ君のプチ情報をが妙にありがたかった。それなら少しは会いやすい。もしかしたら、謝ることだってできるかもしれない。

淡い気持ちを抱いて、僕は下北沢の小さなバーに向かった。

 

イベント当日。

立派な社会人になったAは、すっかり大人の女性になっていた。向こうはキョトンとした顔で、何事もなかったみたいな再会。とても充実した生活とはいえない状態の僕は、まるでうまく行っているとでもいうような顔で本を渡した。

「ありがとう」
読書には不向きすぎるブラックライトの下、Aは丁寧に文字を追う。その目は相変わらずまっすぐだ。ゆっくりと僕を見あげる。話し方、声のトーン、眠たいリズム。なにひとつ変わっていない。

何もかも変わらず強くなった彼女に、謝ることなどできなかった。

 

 

普通、男女が一度別れたら先はない。人生はゲームじゃないから、選ばなかった道の先は見られないようにできている。

 

それでも。

 

本を手渡した日から本当に色々なことが重なって、僕はAと2度目の初デートをした。

Aの彼氏と決闘したのか。
そもそも「彼氏がいる」なんて情報自体が、サノ君のちょっとした嘘だったのか。
野暮な話は置いておこう。

すぐに信じてもらえたわけじゃない。
僕は前と同じように1人で喋りまくり、自分と言う人間を伝えようとし、きちんと求められる人間になろうとした。

 

Aと過ごす時間は前よりずっと「楽」しかった。気遣いができて、言葉をしっかりと受け取ってくれること。自分というものを持たなかった20歳時分には気づけなかった彼女の良さを、僕は感じられるようになっていた。

優しくてゆっくりな人。
刺激的だけど臆病な人。
魅惑的な棘のある人。
乾いた指で触れた人。

ちゃんと、見てくれる人。

喜怒哀楽の女神と季節が廻る。
そのあいだに、僕も擦り傷を浴びながら大人になっていたのだった。

 

帰り際、Aはふいにサルの人形をくれた。
「お前は浮気したサルだ」とでも言いたかったのか、「私とあなたはサル年だ」とシンプルに伝えたのか。
彼女の気持ちは今でも少し分からない。

 

僕がニートになっても、サルの習慣は続いた。
月が替わるたびに新しいのが届くのだ。
それは僕が社会とつながる唯一の接点だったと言っていい。完全に自己嫌悪につぶされずに済んだのは、その小さな人形のおかげだ。

「働いたら?」なんて一言も言わず、彼女は見守り続けてくれた。

 

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一匹。

 

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次の月も一匹。

 

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その次も。


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その次の次も。
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ずっと未来も。

 


僕はあの日選べなかった選択肢の続きを生きている。
四属性の女神はファンタジーみたいに消え去って、新しい世界が訪れたようだ。

かつてAと呼んだ人のご飯を食べて、見たいドラマにつき合って。
死ぬほど眠たい声に包まれて暮らしている。

選んだなんて表現はおこがましい。
選んでもらったから今があるのだ。
彼女のように、リプレイを許せる器を持つ人はそうはいない。

 

去る日の、サル。

行く日と、ヒト。

僕らは変われるし、変わらない。

世界はずっとひとつながりだ。

 

さあ、明日はどんな風になろうかな。

 

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運命は、眠りの女神が握っている。