眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

眠眠カフェイン

TVが壊れたので電力会社に問い合わせたら廃病院にたどり着いた


TVが完全にイカレてしまった。
今年に入って1ヵ月間、物理的にフジテレビしか見られない。とんだ逆・偏向報道だ。

当該のエラー内容はネット検索したら大量に報告されている。公式の案内するセルフ解決策ページ(以下”セル解”)を見ていろいろ試すが、どうにも直らなかった。


マンション住民同士の人付き合いが皆無なので、他住居の具合は分からない。
仕方がないので管理会社に問い合わせると、
「トラブル報告はない。個別で電力会社さんに聞いてください」との返事。
なるほど僕の住居だけが変なわけか。

 

それから、聖戦がはじまった。

 

まずは<問い合わせ窓口>へ電話してみる。
混み合っているから、とアナウンスがあった後自動対応へ。
ショートメッセージでセル解のURLが送られてきたが、既に見て試していたのでスルー。

次に<技術に関する問い合わせ窓口>へ電話。
同上。

ここまでは想定内。
1月中に妻が10回ほど電話して、一度もつながったことがないからだ。
ここから先が、僕に引き継がれてからの新たな領域になる。

<WEB上のチャット>を見つけたので繋いでみる。
「業時間中はオペレーターが対応すると書いてあるが、何度試してもチャットbotにつながる。なんやかんやあって、また例のセル解に誘導されて終了。
「参考になりましたか?」と聞かれたので「いいえ」と答えておいた。

…この辺で、うん?と思い始める。
僕はよくあるエラーを、軽く聞きたかっただけなのだ。
飲食店でいえば、水がなくなったので「すみませんお水もらえますか?」と聞くくらいのノリ。ただ近くの従業員を呼び止めたいだけなのに、なぜこんなに難しいのか。


全部の問い合わせに対応するのは大変だ。自動対応で、不注意なだけの人を振るい分けたい気持ちは痛いほどわかる。
ただ、しっかりと解決を試した人間からすると、何度も同じセル解にばかり誘導されると無性に腹が立ってくるものだ。

さっきの”飲食店で水ほしい”の例でいえば、
「目をこすってみてください。水は本当になくなっていますか?」
「もしかしたらそれはコショウのビンではありませんか?」
「一度コップを持ち上げて、おろしてみてください。増えてませんか?」
と聞かれているようにすら感じるのだ。


👹いやそういうんじゃないんだって…
👿それで直るなら最初から聞いてないって…
💣よくある解決法がダメだった時の受付も案内しろって…

胸の奥のダークネムヒコがぶつぶつとつぶやく。


この時点で、「水がなくなった」だけの些細な不都合は、「水に虫が入っていた」くらいのストレス度にすり変わっていた。
こうして、人間はクレーマーになるのだろう。
.

.

.

なんとか心を落ち着けて次の策へ。
そうだ。<LINE窓口>だ。今の時代こっちのほうがサポートは充実しているかもしれない。
それ。質問ボタンをタップ。

ドュルン。

 

ほどばしる広告の嵐。
草原に風が吹くように、神経がいっせいに逆撫でられるのが分かった。サポートセンターにたどり着いた瞬間に宣伝をしこたま浴びせられるのはこんなにも気分が悪いものなのか。

ハンバーガーショップで「水に虫が入っているので交換してください」と言った時、「それよりポテトはいかがですか?」と返されたらどんな気持ちになると思う?


む、

 

虫ポテセットて~!

 

と半狂乱で暴れられても文句は言えないだろう。

 

 

でLINEもいろいろあっていつものセル解に誘導されて終了。
「参考になり…」「いいえ」で終了。

 

ここまでくるともう、完全に俺は客やぞモードである。
サポートされなかった経験が積みあがるほど、「自分が損してる実感」が顕在化されていく。

毎月、電気代払ってるんですけど?
点検とやらにつき合ってあげてるんですけど?
そういえばNHKも有料だった、それも含めて損してるんですけど?

もちろん誰かに直接伝えるつもりはないが、心はそんな承認欲求で支配されていた。

 

情報探索は加速する。ヤケクソだ。

別名、山崎まさよしモード。
部屋の中で探しものをしていると、そんなところにあるわけないだろというところまで探してしまう、あれだ。

 

<公式アプリ>を落としてみる。
めんどくさい新規登録を済ませてひと通りチェック。はいはいセル解。解決策ナーシ。

<おためしサポート>とやらに申し込んでみようとする。
申し訳ありませんがお客様は加入できません。オッケーイ。解決策ナーシ。

サブドメインの動いてるか怪しいサポートページ>を見てみる。
クリック、クリック、404エラー。はい解決策ナーシ。

もう、解決策を見つけるというより、自分が全部の解決策をつぶしているという満足感を得たいがための作業になっていた。髪は何度も搔きむしってぼさぼさ。指は彗星のごときスピードでキーボードを駆け抜ける。どこだ。どこだ。ない。ない。情報はどこだ! 
脳内に、ベートーヴェンの『月光』第3楽章が流れていた。

 

 


どでかい虚無感に苛まれた僕は、どっしりとソファに体を預けうとうとする。
ふと、頭のなかには廃病院の風景が見えた。

 

僕は空っぽのコップをもって、そこら中に置かれた巨大な機械に質問してまわる。
水をくれませんか? もう1ヵ月もフジテレビしか飲んでいないんです――。
頭が錯乱している。夢とうつつがあやふやだ。
質問しては同じ場所へ転送され、また立ち上がっての繰り返し。

電力会社には人間がいないのか!
そこで夢は覚め、また僕はまっ黒いテレビ画面を見つめる。

 

ひとすじの光が見えたのは、眠気覚ましにtwitterを開いた時。
電力会社の<公式サポートのTwitterアカウント>を見つけたのだ。

最初はbotだと思った。
何を聞かれても「申し訳ございません。こちらの解決策をお試しください」の一点張りだからだ。でも、よく見ると「J社の○○です」と名乗っているし、わりとマメにレスポンスしている。

ひ、人だ!人がいるぞ!
思わず叫んだ。

僕もむかし仕事でSNSを担当していたから分かる。いかにクレーム的なユーザーにも、返事漏れや適当な返答はできないはずだ。
こちらから先に「セル解ならもう見たので別の方法お願いします」と制してしまえば、別の解に誘導してくれるかもしれない。

僕はかすかな糸口から人類へのコンタクトに成功した。
電力会社附属病院の輪廻から、やっと抜け出すことができたのだ。

 

それからしばらくして<メールでのやり取り>に移行。
数時間おきに、ゆっくりと言葉を交わしていく。

ああ、やっぱり人はいい。
〇〇様、と名前で呼ばれるだけで安心する。
1行でもテンプレじゃない言葉があるって素晴らしい。

相手がコロコロ変わり、「電話やチャット等、WEB上のものは試しました」とつど伝えたら、「LINE窓口もございますので次回からお試しください」と言葉の隙をついてきたので若干イラっとしたが、それでも機械に苛立たされるよりは爽やかだった。

 

 


そしてついに今日、電力会社から人が来る予定になっている。
あれだけの少数精鋭だ。たぶん全身にパワードスーツかなんかを装着して、ズシン、ウィーン、ズシンという具合でくるんだろう。
いよいよ、TVのある暮らしに戻れるのだ。

 

ネットを見る限り、僕のような被害者は多い。
さすが1000万世帯以上に普及する国民的インフラ企業だ。

サポートの人に「こうしたら人のいる場所につながりますよ」というのを教えてもらったし、次回以降はもうちょっとマシになるだろう。人のいる場所につながるやり方を、人に聞かないと分からないのはどうなんだろうと思うけど。

 

別に自動対応やAIが悪いわけじゃない。
でも、人にセルフ対応を強いる仕組みを導入して省力化するなら、その分、セルフでできることはすべてやった漂流民にはもっと繊細であるべきと思うのだ。

散々いじったけど、僕なりに応援はしている。
なんとか人のいる場所までたどり着けたら、いい対応をしてもらった記憶の方が多いから。

 

僕や妻が年老いたとき、水を運んでくるのはペッパー君ver3.8とかかもしれない。
その時は、せめて一発でリクエストを聞いてもらえたらな、と思う。