眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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正しい発音を知らない時の緊張感

 

人と話していると、同じ言葉でも発音が違う時がある。
方言とかそういうのではなくて。
同じ東京に生まれて、近所で育ったとしても、あるものだ。

 

たとえば僕の場合、クノールの発音は「くの一」と同じなのだけれど、人によっては「侍」の発音の人もいるだろう。
もしそんな人と出会ったのなら、僕は強烈な違和感を覚えてしまうのでござる。

 

初めてこんなことが気になり始めたのは、大学時代、「ヴィレッジ・ヴァンガード」が流行り始めたころだった。今でこそなんとなく正しそうな発音が世間に浸透しているけれど、当時はみんなあやふやだったのだ。

だから、初めて発音するときの緊張感ったらなかった。
日本語なら類似の言葉をヒントに正しそうな発音を推測できるが、外来語や造語となるとそうもいかない。

僕にとって、ヴィレッジ・ヴァンガードという言葉は、どうやってもなんとなく正しそうに思えた。「ヴィ」でも「レ」でも「ヴァ」でも「ガ」でも、どこを一番高い音にしても、それはそれで、としっくりきてしまう。

結局、意を決してそのうちのひとつを発してみたが、僕のヴィレッジ・ヴァンガードと、友達のヴィレッジ・ヴァンガードはあまりにもかけ離れていた。まるで阪神タイガースタイガー魔法瓶くらい違ったのだ。
以来、こんなことが長々と気になっている。

 

違う発音気になる民、である私の調査結果を発表すると、こういう事態が起きた時の相手の反応は4通りある。

A. 気にせず自分を貫く
B. こっちの発音に合わせる
C. その言葉自体を使わなくなる
D. あえて発音が違うことを話題にする

体感で、8割ほどの人はAタイプだ。端からまったく気にしていないか、自分が正しいと確信している状態。これをやる人は良く言えばハキハキした人が多くて、僕も特に気分を害することもない。ただ、なるほどそういうタイプね、と思うだけ。
いちおう、神経質なビジネスマナー本には「我が強く見られるので避けろ」と書いてあるものもある。

 

僕はAを選ぶことはまずない。できればC、商談などどうしてもその言葉の使用を避けられない状況ならDを選ぶことが多い。

「これ、前から正しい発音が気になってたんですが、…やっぱり〇〇(相手の発音)が正しいんですよね?」
みたいな形で触れてしまうのだ。場もなんとなく和むし、これはこれで悪くない。

ただ、場の流れを切らないという意味では違う方法が望ましい。たとえば、先の例でいえば”ヴィレヴァン”と略してしまうやり方(当時は略語がなかったのだけれど)。略することでだいたい同じ発音になるので、理想的なお茶の濁し方となる。

 

 


このすれ違いは、単に「無知で恥ずかしい」というものじゃなく、「正体の分からない気まずさ」だからこそタチが悪い。キラキラネームじゃないけど、正しい読み方が分からないというのはコミュニケーションに謎の障壁をつくるのだ。

そんな障壁の影響は人との対話だけにとどまらない。
たとえば音楽の売上チャート上位に「Aimer」と書いてあっても、直感的に読み方が分からないからいったん興味が死ぬ。学生の頃なら、同級生の会話内でポンポン話に出てくるので自然に発音を身につけるが、社会に浸かりきった人間にはそれがない(老若男女だいぶ風通しが良ければあるだろうけど)。

 

わざわざ、あれって何て読むの?とも聞かない。
だから、最近Aimerっているじゃん、とも気軽に話題にできない。

結果、新しい音楽に触れる機会を失ってしまうのだ。発音が分かっているだけで謎の障壁は消え、もっと親近感をもつかもしれないのに。逆に、SixTONESをシックス…なんて言っちゃって、恥をかいた記憶だけが募っていく。

 

さらにさらに、裏をかいたトラップもある。
たとえば「B'z」。今まで出会った99%の人が”豆腐”の発音で読んでいたが、アーティスト本人が”チーズ”の発音で言うから、濃いファンもその辺に対して、茨城県のいばら”き”くらい敏感になっている。怒らないけどジロッとは見てくる温度で。
こういう、一般的な正答と公式の正答に齟齬が生じているパターンも扱いが難しい。

ともかく、世の中には知らない言葉がたくさんある。少なくとも、初見では読みづらいと予想される語については、「オフィシャルの発音はこうですので一応言っときますよ」と分かる場面が、もっとあってもいいんじゃないかと、僕は冗談半分で思っている。

 

気にしすぎだというなら、ごもっとも。ドラクエの呪文なんていまだにオフィシャルの発音は分からいのに、子供の頃から普通に会話が成立している。人ん家のホイミザオリクを、僕は気にしていなかったのだ。

大人になり他者への気遣いを覚えるごとに、不要な心のひっかかりもどんどん増えてしまっている。
このアンビバレンス(発音不明)に苛まれる昨今である。