眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

眠眠カフェイン

クレーマー、クレーマー


5年ぶりにスマホを機種変更することにした。

端末の電池がとんでもない速度で減るようになったからだ。家を出て100%、横断歩道を渡って94%、コンビニで決済して86%、最寄り駅に着いた頃には、余熱で67%くらいまで溶けている。ある種の人たちにとっては耐えがたい状況だろう。

 

とはいえ、キャリアショップへ行くのはとにかく気が進まない。
僕はあそこを免許更新センター、歯医者に並ぶ「日本3大仕方ないから5年に1度は行ってやるスポット」と捉えてきたのだ。

なにせ過去の経験から良いイメージがわかない。料金プランはオトクに見せてほぼ選ぶ余地がなく、こっちは「カレー(並)700円」を食べたいだけなのに、メニューは「ミニミニカレー250円」「カレービュッフェ3000円」の2パターンしかなくて、カロリー不足は困るからとしぶしぶ高いプランを選ばされる。そんな先入観が拭えなかった。世の中がサブスクをもてはやしても、所詮ユーザーは皿のサイズを決められないのだ。

店員はアノニマスみたいな笑顔で、作り置きの冷めた回答を並べて、知らない横文字を連発するに違いない。

ショップ訪問日の前日、僕はとにかく身を固めていた。
向こうが一線を超えようものなら「こっちは20年来のヘビーユーザーなのだぞ!」と日本流の嫌味のひとつでも浴びせてやるんだと。一度かじったアメリカ林檎の呪縛からは逃げられないと、内心わかってはいたけれど。

 

ところが、実際に訪れたショップは規格外のホスピタリティに満ちていた。

「わあ、20年もお使いいただいているんですね!」
最初の一言は無邪気な笑顔とともに放たれた。プラン提案は適切なヒアリングで過不足なく。僕に不要な営業トークはマニュアルですら割愛する。室温、太陽光、喉の渇き…五感にすら適切なケアがほどこされ、とにかく気持ちの良い時間を過ごすことができた。

 

退店するころには、対応してくれたスタッフさんが天使に見えた。
僕は僕で「また来ます」と振り返りながら手なんか振っちゃったりなんかして。
もう片方の手にはピッカピカの赤いリンゴをぶら下げて、先入観はいけないな、と寒空にすっきり頭を冷やしたのだった。

 

 

 

帰りには機嫌よくKFCに寄った。
お昼時で数人が列をつくる。近年になって導入されたセルフレジの影響で、注文までの時間が長くなるケースが増えた。

この日もそうだった。いまにも山登りに向かう途中みたいな大荷物の中年男性が、レジ機械のアラートを引き起こしていた。どうやら自動案内を無視して現金をぶちこんだらしい。
男性はせっかちにチン、チン、と呼び鈴を鳴らす。店員たちは見るからに他の業務に対応中だというのに、何度も何度も繰り返し鳴らしていた。「他の人が並んでるから」という理由ではなく、純度100%のエゴなのが容易に見て取れる。
キカイ、ワルイ。オレ、ワルクナイと。

やがて、なんとか手が空いた店員の一人が、「こちらで承ります」と手動での注文受付へ誘導した。
わき目もふらず移動する男性。
通りざまに彼のキャリーケースが僕の太ももにガンッ!と直撃したが、彼は振り返ることすらなかった。


ここから、僕は脳内ツッコミ大明神と化す。



店員「ご注文はお決まりですか?」

男性「チキン!」

(いや言葉少ないって! で、声でかいって! ピスタチオ(芸人)が解散してなかったら絶対「何のっ?」って言うって! ここはチキンの殿堂なの! 骨あり、骨なし、黒胡椒のやつ、クリスピーなやつ、パンにはさんでるやつとかいっぱいあるんだから、指定しないと!)

 

店員「チキン1本のみ、でよろしいでしょうか?」

男性「違うよ、3本!」

(お前の標準とか分かんねーよ! なんで初手でそんなに強く言えるんだよ! そんな圧かけるなら最初から本数省略するなって! あとおじさん結構食うね!)

 

店員「かしこまりました。でしたら、こちらのセットでいかがでしょう」

男性「ん?セットってなに!」

店員「飲み物やサイドメニューが一緒になったお得なメニューです」

男性「へー!なるほどねえ…」

(えっ! ほんとに聞いたことない!? 見るからに普通の日本人だと思うけど、いやむしろ日系ブラジル人3世とかで初めての来日でもいいけど、マクドナルドとか一度も行ったことない!? よく50年くらいそのネタバレ避けれたもんだ!)

 

店員「○○セットですね。店内でお召し上がりですか?」

男性「混んでる!?」

店員「(店内モニターを指さして)空き状況はこちらとなっております 」

男性「わかった!じゃあそれで!」

(どれじゃい!!!!!!)

 

店員「クーポンはお持ちじゃないですか?」

男性「あれば安くなるの?」

店員「はい。アプリをお持ちであればダウンロードしていただけます」

男性「ないけど!今ここにあればもらってすぐ使うよ!」

(いや、今まで生きてきてレジの横にクーポンあって即使えて即安くなるって経験したことある!? 何そのバカな店! そんな面倒なことするなら値引きするって!)

 

店員「こちらレシートでございます。記載の番号札でお呼びしますので横にずれてお待ちください」

男性「ありがとう!」

(レシート受け取れ! 受け取ったらそこに立ち止まるな! 話聞いとけ! あとすぐ横にいる俺に、さっきぶつかったの謝れ!)

 

待っている間、男性はさっきキャリアショップ退店時に僕がしていたようなすっきりした表情を浮かべていた。彼なりに不安があって、スムーズに事が終わったことに安心したのかもしれない。たとえその過程で幾多の人に迷惑をまき散らし、店員に通常の20倍近い時間を浪費させたとしても、彼の中では”スムーズ”だったのだろう。

 

僕は名も知れぬモヤモヤをまとって帰宅する。
誰かがかじった林檎マークのピッカピカスマホは、フライドチキンをかじったせいですぐテッカテカスマホになった。

クレーマーのバカになりかけて、クレーマーまがいのナチュラルバカに邂逅して。
自分がいくら姿勢を正しても、正しい接客を施しても、世の中からバカは消えない。
そんな空しい事実にあらためて直面する1日になった。

ああ山籠もりしたい。現実を捨て去りたい。
とりあえずサブスクで映画でも見ようかな。

 

分かる人は分かると思うけど、タイトルは有名映画『クレイマー、クレイマー』から。
雑な手づくりフレンチトースト食べたいなあ。