眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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大好きな季節にアイツはいない


『月刊ネムヒコ12月号~私の好きな季節2022年決定版~』を編集するなら、

1位 冬
2位 秋
3位 夏
4位 春

になる。春夏秋冬のちょうど逆だ。
じゃあお前は春から年末でテンション右肩上がりなのかと問われればそうでもないのだけれど、総合的に判断するとこうなる。

 

季節には芸術性・食べ物・エンタメ要素・過ごしやすさ・体調への影響、など様々な評価基準があって、それぞれを担当する編集者同士が議論を交わす。

「夏はクーラーに頼る分、自然に反してますよねえ」
「春はあまりに短く、桜に依存し過ぎでは? そもそも”さくら味”って何ですか私いまだに解せません」
「ホホッ秋が落ち着くなどご冗談を…学生は長期休みがないんですぞ長老!」
みたいな感じで。

2010年代以降すっかり定着したハロウィンも、自分の誕生日(10月30日)を飾る装飾としては若干マイナスに働いた。シンプル神々しい銀杏並木に、かぼちゃマークつきの商店街ペナントは邪魔なのだ。

冬はお世辞にもバランスの良い季節とは言えない。朝は寒すぎて起きるのが嫌になるし、年末はいろいろと準備がいる。「温かい食べ物が美味しい」「温泉が沁みる」みたいな点はあるとはいえ、そもそも寒いからこそ、というマップポンプ感が否めない。
(行列のできるラーメン屋が待ってる間に腹減って美味いのと同じだ)

しかし、冬にはすべてをひっくり返す要素がある。僕にとっては、まるでクイズのお約束でよくある「1問目は10ポイント、2問目は15ポイント…最終問題は1万ポイントです!」くらいに配点が高い。

その要素とは、

虫がいない。

これに尽きる。

 

僕の虫嫌いは常軌を逸している。hateをこえphobiaであり、madでcrazyでextraordinaryなのだ。

家電量販店でPCを見ているとき、自動操作のマウスポインタがスッと動いただけでびくん!となる。気づかないうちに身体に虫が這っていようものなら、井上尚弥くらいの反応速度で振り払う。万が一Gと出会えば武蔵と小次郎くらいの緊張感で長時間対峙してしまう。

小さい頃はいまより大丈夫だった気もしなくはないが、もともとダメな方だったと思う。いま、我が家におけるいきものがかりは完全に妻である。

 

 


流石に言い過ぎだろ、とお叱りを受けるかもしれないが、虫がいる季節はずっと監視されている気分になる。斜め後ろ80度の位置に小虫を見つけてふっと振り向き、妻に驚かれることも珍しくない。その視野たるやモドリッチレベルである。

冬はこういう監視体制から解放される癒しの季節。血液が、神経が、細胞が。にんまりえびす顔で心を開いて、風を感じることができる。

じゃあ夏が4位なんじゃないの?と思われるかもしれない。それに関しては新卒で入社した会社を思い浮かべると分かりやすいのだけど、やっぱり、「よし始まるぞ!」という節目が一番疲れるものなのだ。つまり春が憂鬱。夏真っ只中にはそれなりに慣れてくるし、暑すぎて思考停止できる瞬間もある。
春は出会いの季節というが、僕にとってはうれしくない再会の連続でしかない。

 

もちろん、滅してしまえとまではいわない。
彼彼女らが自然界の運送業者であり、豊穣をもたらしてくれていることには感謝している。凍死ではなく「冬越し※」という優しいシステムがあるおかげで、僕は心を痛めずに済んでいる。
(※冬眠は哺乳類と鳥類がするものなので虫は対象外。虫嫌いすぎてこんな知識もついてしまった)

無印良品にいけば、レジ横に置かれたコオロギ粉末入りのチョコをつい一瞥する。SDGsの波が確実に押し寄せる。ああ、ついに食糧危機まで救おうとしているのかと。何度聞いても背筋を冷やす”コオロギ”の響きを、僕はグリコくらいに愛することができるのだろうか。

 

ともかく。
インナーをかぶり、スパッツを履き、ジャージ上下を着て、手袋を装着し、ネックウォーマー&ニット帽をかぶり、マスクをつけて、スニーカーに足を差し入れ、ワイヤレスイヤホンをはめて、僕は虫の音ひとつしない山手通りの静寂を駆けていく。

冬ってめんどくさくて最高だ。