眠眠カフェイン

横になって読みたい寝言

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ネット広告がつなぐ恋

企業ではじめてインターネット広告担当になった時のお話。
リスティング広告(検索上位表示)とか、リターゲティング広告(一度WEBサイトに来た人に出す広告)とか。自分でやるのは煩雑なので、専門業者にお願いしたのです。

 

委託先は元気いっぱいのベンチャーでした。最初の担当者は20代前半の女の子。名前をワタナベちゃんとしましょうか。

※全然関係ないしこの子は違うんですけど、僕、これまで仕事を通してかれこれ10人以上のワタナベさんと知り合ってきました。なのでもうワタナベさんって匿名とほぼ同義なんじゃないかと思ったりします。
「ワタナベです。覚えてますか?」と電話がかかってきたら老若男女どんな声でも特定できる自信がありません。

 

さて、ベンチャーのナベちゃんは見るからに活発な子でした。声が大きく愛嬌があり、検索が世界を変えるんだ!みたいな顔をして。聞けば前職はアパレル関係の仕事だったらしく、まだスーツが身体に馴染んでいないのが初々しかったです。
彼女は頭の回転こそすごく良かったのですが、細かいチェック作業が苦手なようで、取引早々にやらかすことになります。

具体的には広告リンク先の間違いですね。うちの会社の広告を踏んだら、全く関係のない商品に飛んでしまったと。間違えた先のページがちょっと生々しい絵面だったのも運が悪かったです。イメージとしては、チョコレートの広告をクリックしたら垢すりエステにつながったみたいな感じ。

こうなると、僕も担当として看過するわけにはいきません。自分の会社にナベちゃんを呼び出して説教することになりました。マンションの一室みたいなオフィスでミーティングルームも意味をなしてなかったので、まさに衆人環視。
彼女の言い訳とともに、僕の”怒り力”が試されます。いや、本当はまったくといっていいほど怒ってなかったんですけど。

 

僕はひとりっ子のニート上がりなので、基本的に人を怒るのが苦手です。明らかになめた態度を取られたなら別ですが、ちゃんとやろうとした人を叱りつけるのは気が引ける。「次やんなきゃいいよ」とすぐ許してしまいそうになりました。

ところが、そんなぬるい説教を見た百戦錬磨の同僚たち(全員女性)は僕を睨みつけます。
しごいてしごいて二度と垢の出ん身体にしたらんかい、と。

仕方がないので、役者になったつもりで思いつく限りの罵声を浴びせました。「ダメ―!」とか「なんでー?」とか。それでも、ぜいぜい10分くらいだったんじゃないかな。

※たまに4時間とか怒れる人いるけど、ああいう人たち天才ですよね。「反省してんのか」「はい」「言い訳すんな」「すみません」「謝るならすんな」「はい」「反省してんのか」「はい」「じゃあなんでやったんだ」「言い訳しようがありません」「そこは何か言えよ、でなきゃまたやんだろ」みたいなやつ。

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説教は僕もだいぶ気まずかったんで、こっそり工夫しました。事前に用意したメモを持ち帰らせる資料の中に入れておいたんです。

「会社としてはしっかり追求しますが、あなたが全力でやっているのは分かっています」
みたいなの。
どうです?こういうとこ、僕はすごくいやらしいんですよ。
もっともナベちゃんからのレスポンスは特にありませんでした。


その後も、説教会は何回か続きました。今度はうちも部長とか社長を交えて。(ふたりとも別のオフィスで働いている男性です)

初の取引だったし、若い会社が「うちに任せてください!」と大口叩いてはじまったもんだから、広告費実費の返還だけで帰すわけにはいかなかったんですね。広告を出してたのはわずかな期間。別に損もしてないし、ただただジャパニーズ・メンツだけの話です。

 

その何回目かで、ナベちゃんが上司の男性を連れてきました。まだ20代後半で、ホリエさんやミノワさんになりたいです!みたいなギラギラ顔をしていて。若干自己アピールが過ぎるけど、確かに色々わきまえてるヤツでした。名前は仮にヤマザキくんと呼びましょう。

ザキさんの快活さは、上層部と僕、そしていつも聞き耳を立てている女性陣の心境に変革をもたらすことになります。とにかくハキハキ喋り、しっかり謝る。譲れないところは毅然とした態度で断る。「あの子いいわねえ」の春の到来です。

そして、心動かされたのはうちの同僚たちだけじゃありませんでした。

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数ヶ月後、見違えたように仕事ができるようになったナベちゃんは、やや頬を赤らめてこう言いました。

「実は今、ヤマザキと一緒に住んでいまして‥‥」

んまあ!

さらには、

「マンツーマンで広告のレッスンを受けていて‥‥」

あらやだ!

 

僕は「弊社のミスをきっかけにちちくりあっとるんか!」とフライングクロスチョップしたい気持ちをぐっと抑え、若者たちの出会いを祝福しました。いやー、いわゆるひとつのインプリンティングですね。あれだけ綺麗にミスをカバーしてもらったら、惚れてまうやろというものです。

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さらに数ヶ月後。
今度はザキさんから衝撃の事実を聞かされます。

「僕たち、結婚することになりました。つきましては実家に帰って米農家を継ごうかと」

うーん。
もちろんおめでとうと言葉を掛けましたが、正直、複雑な気持ちもありました。せっかく厳しい船出から関係値ができてきたのに、こんなに短い付き合いになるなんて。鍛えまくった選手が続々と去っていく、昔の広島カープの気持ちが分かりました。

こうして、全国に100万人以上いるといわれるワタナベが、世界からひとり消えることになったのです。

 

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ヤマザキ夫妻が広告業界を下山するとともに、僕の会社の売上もガクンと下がっていきました。というのも新しい担当(30くらいの男)がまあポンコツで、顔だけでなんとかやってきたみたいな輩だったんです。ヤマザキが歌舞伎町で伝説のキャッチとして名を馳せていたころに拾った、ホストくずれってことでしたけど。

新担当は公衆の面前で「ネムヒコさんは熟女って好きっすか?」とか聞いてくるし、なかなかにイタかった。そんなの熟女の真ん中で答えられるわけないじゃないですか!
主にソイツが原因で、そのベンチャーとはまもなく取引を解消することになりました。

 

報告会のたびに傾きゆくグラフを見ながら、北関東の土を耕すヤマザキ×2のことを思い出しました。
心を慰めてくれたのは、彼らから届いた1通のメールです。

 

ネムヒコさん、お元気ですか。うちの新担当はうまくやっていますか。僕たちは慣れない農作業に試行錯誤しています。あの日、しっかり怒っていただいたことは糧になっており、ザキちゃん(旧ナベちゃん)はネムヒコさんにもらったメモをいまでも神棚に飾っているんですよ。本当にありがとうございました」

 

飾るな飾るな!

 

僕は熟女の背中越しで、若者たちにサイレントツッコミをぶつけました。
まあ、広告担当をしていて1番嬉しかったコンバージョンには違いありませんが。

もしかしたら、名もなき米農家をネット広告で躍進させる北関東の夫婦が、そろそろYahooニュースでも飾るかもしれません。