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長期ニートだった僕が就職するまで記(3/3)

ニート3部作、長くなったけどいよいよラストです。

<前々回>氷河期世代の長期ニート脱出記(1/3)
<前回>氷河期世代の長期ニート脱出記(2/3)


ニートの更生団体に働かせてくれ!と頼んでガン無視されて以来、
「仕事を必死にやるかなんて人それぞれだよ。多少は俺のペースにも合わせてよ」
が、
「露骨に手を差し伸べるって言ってる人たちすら、全然俺のこと見てないじゃん!」
になった。

これ以上底もないだろう。僕はうまく開き直るきっかけを得たようだ。

 

仕事なんて欲の押しつけあいで当たり前だし、人をモノのように動かすのも当たり前。その中で奇跡的に信頼を得た人たちが、一時的に長くつながっているに過ぎない。乱暴すぎる理屈だが、僕にはきっとそういう乱暴さが必要だった。

ダメな自分を助けて!は要らない。
自分がダメなことすら、ほとんどの人が見ていない。
せめて、自分だけはちゃんと自分の人生を見てあげよう。そう思った。


まるで他人事のように、職務経歴書を仕上げていく。
空白期間は母の病気に伴う家の手伝いとアルバイト。売上実績はチーム全体で達成した数字など、良いとこどりの数字をまとめた。1社目、2社目。たとえ頼りきりでも、思考停止のガラクタでも、僕は確かに何かやっていたはずだ。

すべてを箇条書きにすると、なんとかA4用紙1枚は埋まった。
さあ、社会に怒られに行こう。

 

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応募先はまったく選ばなかった。
田んぼの真ん中にある町工場とか、使い方も分からない薬品の営業。歯科技師専門学校の用務員なんてニッチな仕事も応募した。

初めて面接にこぎつけたのは、吉祥寺にあるイベント系企業。
ドラマに出てきそうな重役が、僕の経歴をみて「ずいぶん休んだねえ」と呆れていた。
すみません、と僕は苦笑いする。長く長く長く、本当に長くもっていた社会への怖さは、たったこれだけですべて吹き飛んだ。

そんな嫌味を言われたら、死んでしまうと思っていたのに。


その後もいくつか面接をさせてもらったが、なかでも嬉しかったのはとある広告会社での経験。そこの社長は僕の経歴に先入観を持つことなく、今後の人生についてアドバイスをくれた。最終面接には資料提出の課題があり、慣れないパワーポイントでまとめたが…結果は落選。

帰り際、社長はエレベーター前で僕の肩を叩いて励ましてくれた。
僕はその日以来、「面接の機会をいただきありがとうございます」と言うようになった。ノウハウ本でも見れば誰でも言えるが、僕は本心からそういおうと思ったのだ。

 

ほんの少し、壊れる前の自分に戻れた気がした。

別に社会を恐れたり、媚びる必要もないが、仕事云々は別として感じたことは素直に伝えよう。できないけど社会復帰がしたいと言えばいい。
そうしてコミュニケーションの大事さに立ち返ると、最終面接に進む確率が急激に増えた。やがて、いくつかの内定をもらうことになる。

 

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僕は小さな出版社の編集者になった。
気難しい著者とやり取りする以上、年齢が若すぎるとなめられる。できれば30代の男性が欲しいという、なんとも幸運なタイミングだった。

最終面接のやり取りは今でも覚えている。
向かい側の席には、ナニワの商人みたいな人情社長と、表情ひとつ変えないアートディレクターのヒゲメガネ。

ヒゲメガネはいかにもだるそうに僕を見つめ、
ニートって暇じゃない?普段何やってんの、たとえば昨日」

僕は本能的に、取り繕ってもばれることを察知して
「昨日は一日中、逆立ちを練習してました」
と答えた。
冗談でもなんでもない。体力づくりの一環として、フローリングに足を打ちつけながら1日中練習していたのだ。

「キミ、暇だね」
ヒゲメガネは予想外の答えに笑っていた。
結果、内定をもらえたんだから不正解ではなかったんだろう。
(直前の質問に、ジャン=フィリップ・トゥーサンが好きですと答えたのよりははるかに手ごたえがあった)


本は好きだけど、編集者なんて考えたこともなかった。自信がないというよりは予想外過ぎて、会社には1週間待ってほしいと告げた。

何事もタイミングというものはあるもので、最終的に背中を押してくれたのは意外な事柄がきっかけだった。従姉妹の結婚式の日取りが決まったのだ。1つ年下で、小さなころから「お兄ちゃん」と慕ってくれていた彼女とは、ニートになってからは恥ずかしく会えなくなっていたのだった。

僕は、彼女の結婚式に社会人として堂々と参加したいと思った。

 

そうして僕は就職を決めた。
オブラートを知らない叔母は「これで堂々と呼べるわ!」と言った。
誰かのためにやっていたわけではないんだけど、誰かのためになるのはやっぱり嬉しい。

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父と、車いすの母と、僕。
3人で出かけたのは久しぶりだ。

招待されたのはお台場にあるホテル。面接とはまたちがう社会のカタチに僕はそわそわして、ホテルの控え室で時を過ごす。夜が来るまでが途方もなく長い時間に感じられた。


晴れ舞台が始まる。
いつも僕の背中に隠れていた従姉妹は立派な社会人となり、大事な人を見つけ、100人を超える人たちに祝福されるようになっていた。

流れる大画面のスライドショー。
小さな僕たちの写真に、
「大好きなお兄ちゃんが来てくれました」の文字が重なった。


従姉妹の家は母子家庭だ。
これは直前に知らせるようなことじゃないはずだけど、僕はいない父親の代わりに、従姉妹と腕を組んでバージンロードを歩くことになった。そわそわしていたのは、式の当日になっていきなりこの大役を頼まれたせいだ。

自分のことなんて誰も見ていないだろう。
きっと無職のままでも、誰にも気づかれなかったはずだ。

それでも僕は、眩しいシャッター音に包まれながら
「働きはじめて良かったな」と思った。

 

***

思い返すと、あの日は僕の門出でもあった。

別に働かない生き方もいい。
自分自身何年もニートをしたんだから、人に偉そうにいえた義理はない。

それでも、ニート生活にもしなんとなくどこかにひっかかるものがあるのであれば、「内定をもらえるかゲーム」をするつもりで社会と対話してみても良いと思う。もし内定をもらえても、許せないことがあれば1日で辞めたって構わない。よっぽどでなければ周りは意外に優しくて、1カ月くらい続いてしまうものだから。その1ヵ月を伸ばせる場所を探してアップデートしていけばいいのだから。

僕に相変わらずお金はないし、心はずっと甘えたままだ。
でも荒んだ日々を振り返り、こうして書くことができたこと。

今この感じは、僕にとってただそれだけで誇らしいものなんだと思う。