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将棋を打つなんてとんでもない!


2016年に超新星藤井聡太が現れて以来、
周囲でも「将棋打つの好きなんですよー」という人が増えた。
僕はそれを聞くたび、
(やめておけばいいのに…)
と複雑な気持ちになる。

何も将棋に親を殺されたわけじゃない。
でかい飛車につまづいて怪我したとかでもない。

ネットが広まり、なんでも気軽に言えるようになった今だからこそ
将棋を打つという奇妙さについて、よく知っておいてもらいたい。

 

端的に言うと、将棋は打つものじゃない。
「指す」ものだ。

なにを表現ひとつで。しきたりがどうとか、出た出たこれだからメガネ君は…と言うももいるかもしれないけれど(僕裸眼だけど)、そこには明確な理由がある。「指す」も「打つ」も将棋用語の中にあるから、ややこしいのだ。

使い分け方を説明すると、

「指す」➡︎将棋盤にある駒を動かす(王様が”指示”する)
「打つ」➡︎手元の駒を新しく盤の上に置く

そして、
将棋をプレイすること全体を表現するときには「将棋を指す」という。
囲碁は全部新しく石を置くから「打つ」でOK)

 

これだけだと違和感が伝わらないと思うので、
今度はファッションに置き換えてみよう。

「着る」➡︎だいたい上半身に使う
「履く」➡︎だいたい下半身に使う

服を身にまとうこと全体を表現するときは「服を着る」と言う。
ちょうど同じ関係だ。

 

つまり、
「将棋を打つのが好き」というのは
「服を履くのが好き」
と言っているようなもの。

まったくの間違いというわけじゃないけど、なぜ下半身限定!?と違和感を与えてしまうわけだ。表立って指摘しなくても、心の中の小京都が「へぇ~将棋打ちはるんですね、そらすごいどすなあ~」とざわめき立つファンは少なくない。


せっかく将棋の番組にアイドルが出てくれたというのに、


ネムヒコ 45分前
将棋は「指す」です 
👍36


と初見殺しされてるのを見ると非常に悲しい。

なんというかこの間違いは恥ずかしいとか以上に、「えっ好きなのに知らないの?」と踏み絵みたいになってしまうところがある。
僕はそんなギスギスを解消していきたいのだ。

将棋を始めた人は、本を読んだりネット中継を見ているうちに「指す」「打つ」の使い分けを自然に身につける。ただ、たまに将棋歴が長くてもまったく直らない人がいる。こまけーよと。重箱の隅マンかよと。こちとら知識つけないワイルドが売りなんだと。亀田家のタメ口くらい頑固にこだわってくる。

ただ、プロ棋士の中にも気になる方はいるようで、イベントなどでファンが言い間違えた時に、やんわり訂正することがある。そもそも将棋自体、細かい工夫・所作の美しさ・間違いを認める潔さに味がある競技性だ。ぜひ見る側も、最低限のリスペクトをもっていただけたら3150な所存。